日光市北部、福島との県境の山あいにある三依地区。関東で水質ナンバー1に選ばれた男鹿川が流れる豊かな水と自然に恵まれた地域です。キャンプ場や魚釣りに県内外から訪れ、清らかな水がはぐくむ蕎麦も特産です。
そんな三依地区。近年では過疎化が進み、限界集落とも言われています。ですが、豊かな自然と静かな環境に惹かれて移り住む人もいます。三依の里山の中で暮らしながら、作品を作りに打ち込むふたりのアーティストを訪ねる旅に出てみましょう。
小屋の中にあふれるステンドグラスの美しい世界
日光と会津若松を結ぶ国道121号(会津西街道)沿いに見つけた小屋。看板には「ステンドグラス工房&SHOP 泉」とあります。扉を開けると、工房を主宰する今泉利子さんが温かく迎えてくれました。その奥には今泉さんの作品であるステンドグラスのきらびやかな世界が広がっています。
今泉さんは県中南部の壬生町在住ですが、セカンドハウスとしてショップの向かいの古民家を借り、そこで作品作りに打ち込んでいます。水や空気がきれいなうえ、ガラスを研磨する際に出てしまう大きな機械音も気にしなくてよい。ものづくりに打ち込むには打ってつけの場所だったそうで、今ではこちらの三依で過ごす時間のほうが長いと言います。
ひと口にステンドグラスと言いますが、店内を見渡すといろんな作品があることに驚きます。これまで5人の先生のもとで技術を学んできたという今泉さん。厚さ2~3㎝の分厚い色ガラスを叩き割ってパーツを作る「ダル・ド・ヴェール」、ガラス同士を窯で溶かしてくっつける「フュージング」、ガラスが立体的に重なった「ジュリン」など、さまざまな技術を得意とする先生のもとで学び、自身のものにしていったそうです。
ショップの奥にはステンドグラス教室を併設しています。ショップで今泉さんの作品に触れ、自分でも作ってみたいと教室に通うようになった人も多いそう。「こんな場所ですが、なにかのきっかけに立ち寄ってくださり、ステンドグラスを好きになってくれる人が増えてくれるとうれしいです
と今泉さんは話します。
初心者向けの体験教室もあり、パーツを組み合わせるだけの時計や小さなコンセントランプが制作できます。ショップを覗くだけでもよし、体験する機会が少ないステンドグラス作りに挑戦してみるもよし。三依の街道沿いの小屋に広がる異空間をぜひ体験してみてください。
元は車庫だったという小屋を改装したショップ
分厚い色ガラスで制作する「ダル・ド・ヴェール」の作品
パーツを1枚1枚切り出し、ルーターで研磨。それを組み合わせて作品にしていく
国産の木材と職人のやさしい工夫がにじむ木工家具
同じく国道121号沿いの中三依温泉駅の近く。そば処と宿を営む「まるみの湯」の敷地内に、小さな家具屋「まるみ木工」があります。そば処のご主人でもある阿久津淳さんは木工職人の顔も持っていて、自身で制作したオリジナル家具を展示販売しています。
「この建物は戊辰戦争の後に建ったもの。この辺はもともと会津藩でしてね…」と阿久津さんが話す太い梁が支える古民家の1階が木工ギャラリーになっていて、一枚板のテーブル、椅子、スツール、ベンチなどが並んでいます。木の種類はサクラ、トチ、ケヤキなど、全国から仕入れた上質な木材を使います。最近人気のウォールナットだけは海外から仕入れるそうです。
特に注文が多いのが椅子だそう。「日本の生活の中で靴を脱いで使うことを考え、一般的な家具屋さんの椅子より2センチほど低くしています。座面にくぼみを付けたものも多いのですが、座っていただくと背筋が自然と伸びるんですよ
。作り手である阿久津さんのお話を直接伺いながら、座り心地を確かめてお気に入りの一脚を選ぶ。暮らしが豊かになりそうな、とてもいい時間です。
例年マイナス19℃ぐらいまで冷え込むという三依の冬。大変なのが、木工の制作中に暖房を使えないことだそうです。暖房を使うことで、木が反ったり動いたりしてしまうため。寒さを乗り越えて作られる阿久津さんの木工家具。体をそっと包み込んでくれるような温かさを感じるのも気のせいではないでしょう。
木工職人の阿久津淳さん
座面にくぼみがあるカエデのスツール
宿の客室棟も兼ねた建物の1階が木工ギャラリーになっている